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あの日

 2010-07-27
日曜日は、Awayでホンダロックに勝利!
良かったですね~。

ただ、初めての無観客試合。
どんな雰囲気だったんだろう?
気になるところです。


さて、ねこGKから
「そっち行くよ~」
と指さされて慌てふためき、
ボールが来るとパニクり、
ヘディングのはずが落下点から3mもズレてて、
あっさり相手ボールにしてしまいそうな、
使えない私ちにょと申します
よろしくお願いします!


サッカーにまるで縁がなかった私が山雅に出会ったのは、
2006年4月9日南長野運動公園。

その前年に崖っぷちからやっとHFL一部にはい上がった
(当時から崖っぷちが得意だった?)
「松本山雅FC」を応援しようという呼びかけに、
8割方お付き合いで見に行ったリーグ開幕戦でした。


最初は「寒い~」と震えてた。
そのうち、UMのリズムに合わせて手を叩くようになってた。

南長野メインの1番前の席では、
ボールを蹴る音、
選手同士(骨?)がぶつかる音、
思わずでる本音(うめき声)、
が手に取るように聞こえてきて、
「サッカーって格闘技?」
と思うくらい激しい事にびっくりしました。


相手は前年度勝チーム
『長野エルザ』
(後に長野パルセイロ)

「勝てっこ無い相手だから」
と言われて見に行ったけど、
試合はそんなに一方的でもないように見えました。

そしてなんとリ・ボンイル選手が先取点!

その後はすっかり試合にのめり込んで、
1点を守り切って試合終了を迎えた時には、
『山雅バカ』が一人誕生してました。


今思うと、いわゆる『信州ダービー』の始まりの日だったんでしょう。

開幕戦ではトップを破ったり、
エルザの中心だった石堂選手が山雅に電撃移籍したり、
(次のエルザ戦では山雅のユニを着てました)
松本山雅FCは常に目が離せないチームでした。


そしてそのまま、今も…


この次はどんなドラマが潜んでいるのか、
波瀾万丈のストーリーを一緒に見届けたい方を、
随時募集中です


私からは、
高さの競り合いも負けない頼れるDF、
ももっちことモモザキ氏に
「後はよろしく~」
とスローインを任せて退散しまーす
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